ヒトの元素を円換算すると15万円だそうで
こんにちは
とても素敵なお友達が出来ました。歓喜。
彼女は趣味や思考が少し似ていて、こんなに共感する事が初めてで驚きながらも、楽しく、新しい発見もくれて、出会えてよかったです。
彼女の事はA子としましょう。
A子は恋愛をしています。
意中の彼は、同学科の別コースで、
入学した次の日、みんながドキドキワクワク浮き出したってる中、ただ1人、
背の高い彼が猫背では無く、首をほぼ90度に曲げて胸の高さで参考書を読んでいる姿に惚れたらしい。こう明確に記載出来るのも、私もその時の彼の姿がとても印象的で、危うく惚れかけたためだ。
それからA子は連絡を取るようになり、デートをしたりが1年弱続いているそう。だが、A子は失恋したと言う。
会っている時、些細な会話の中で彼は
自分は難病を患っているから、彼女は作らないし、女性への興味を持たないようにしている。
と言ったらしい。A子は遠回しにフラれたと思い、以来距離を置いた。
私は彼の気持ちを理解出来る。
私の父系の家系は難病認定のある遺伝病がある。父は数年前から入院生活。いつ何があっても可笑しくないらしい。また、私や兄弟が同じ病気になる確率は50%らしい。成人していれば、遺伝子検査で陽性か陰性か分かるそうだが、検査をするに踏み切れていない。
家族がいなくなるかもしれない。私も父と同じになるかもしれない。
将来に絶望しか待っていない
恐怖を持ちながら生きなくてはいけない。深い悲しみに陥るかもしれない。発病するかもしれない。なのに何故、両親は私を寄越したのか。無責任では無いかと怒りすら感じた。
私は、ハッピーエンドを描けないから、大事な人をこれ以上作らない。自立して、大事な人達を悲しませない。と思っていた頃もあった。だが、そんなの鎧であって、鎧の中の脆い私は希望を渇望し1人では耐えられないのである。
だから、A子の彼の気持ちを聞き、A子に彼を助けてほしかった。あと、A子が失恋では無いと楽になればと私の事情を話した。
ヒトの元素を円換算すると15万円
高いのか安いのか。良い疑問を呈する良い値段だ。
15万円分の肉体を、どれだけの時間機能させられるのかは分からないし、救済は無いけれど、この問題に固執するのもやめようと思っている最中の20歳です。
小賢しいヤツ
こんにちは
現在20歳です
先程、高校からの友達と電話で小一時間程話しました。
彼女の予定が1時間延期になった隙間の電話
私は金曜日の夜も予定は無いので2コール程で出ましたね。
しばらく、と言っても2ヶ月程、深い話をしていなかったため近況報告をし合いました。
私は彼女の話を終始、
いいいいなああああああ(クレッシェンド)
でしたね。3日間だけでも彼女になりたいと思いましたね。
彼女がとても成功したのか、良い恋愛をしているのか、そういった訳では無い。悪く言う訳では無く、寧ろ上記の例とは逆かもしれない。
だけど私は彼女になりたいと思う。
私は 良くも悪くも、糞真面目らしい。
従って、上記の例を目指すべきであり、正しいと考え、それ以外は失敗。後悔が長期間続く人間である故、妥協案を飲めない。したい事でもリスクやデメリットが0で無いならば、手を出せない。
だが彼女は 良くも悪くも、考えが甘い。
故に、とても自由を感じる。私が出来ない事を簡単に成し遂げている。
ストッパー 理性 猫っ被り
壊して、したい事やり放題にしたい。
客観視された時に馬鹿だろって言われるような事でもしたい。
壊す勇気、覚悟がないから、ちゃんと学校に通って、授業受けて、テストを受けて、の日々をこなしている。
小心者の小賢しい人間である事を痛感する
自分が到底なれないから、
個性爆発
自分の殻を破ってる人
を見つけると惚れる。
今の自分の思考をここで出すという事も、他で出したり、友人に話したり、のリスクを考えた上での選択。本当は友人に話したいのだ
はじめましてこんにちは
こんにちは
私は、
1999年生まれの現在20歳。
生後3ヶ月で河童に興味を持つ。
5歳 保育園で友達が字を書いていたのが羨ましく、母に字を書けるようになりたいと懇願。すると母は、書道教室へ。書道をしたかった訳ではないが、約10年間通い、師範習得。
6歳で、母の友人主催のホームパーティでルワンダの人と出会う。後日、家族が"ホテルルワンダ"という映画を鑑賞していて、ルワンダ虐殺が印象的に残る。紛争地域への関心のきっかけ。
小学校入学後、お小遣いでチャオを購入し愛読。漫画にはまり、母の持っていた"王家の紋章"を読み、古代エジプトに激ハマリ。("ガラスの仮面"も愛読)
小学校入学~8歳にかけて、ガキ大将になる。男勝りな性格で、得意技は弁慶蹴り。しかし、下校中、近所の男子へ得意技をお見舞いした所「女のくせに」と捨て台詞を喰らい、
女の子なのにこんな事しちゃった、、と初めての"恥"を習得する。以後、引っ込み思案な性格へ。が、6年生の頃クラスのやんちゃ男子と仲良くなり、夫婦漫才の様な日々をおくる。その頃内心は、笑いを取るなんて楽勝だと思っていた。
中学校入学後、華道を習う。約3年間通い、師範習得。
美術部へ入部する。幼少期から絵が好きであった。加えて、10歳の頃倒れて救急車で運ばれた事で、心配性の母の願いにより文化部へ。
本心は剣道をしたかった。幼少期、大工さんのボトムスに憧れ、きっとそれがきっかけで袴を履きたかったのだろう。
1年生11月文化祭で展示する自由作品、マグリットの盗聴の部屋を描き退部。剣道部へ入部。同時期、塾へ入る。
入塾テストの世界史、前の席の男子の解答を人生最初で最後のカンニング(意図的でない)をする。彼への罪悪感と、高い声で印象づく。
テストの結果、同じクラスに。そして彼が剣道部であった事から、話すようになる。
この彼をKとする。これから、度々Kの事についても書くだろう。
高校は九州の離島へ進学。
寮生活を送り、剣道部へ。部員が自分1人も経験。
剣道部の顧問である恩師の人柄や言葉等により、これまでの興味関心嫌悪感希望等のぐちゃぐちゃになっていた物が点と点が結ばれるように、将来の進学の答えを出す。"発展途上国で教師" が当初の答え。が、グレードアップにより、研究者や技術者で適切な技術・知識で救済・改善したいと思い、生物学を学ぶ事を決意。
現在は地方国立大学理学部在籍中。
と、20年間を抜粋するとこんな感じです。
色んな事を書くので、
コメントで色んな方と話せたら嬉しいなと思います。
よろしくお願いします。